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PROFILE & OGIKUBO

おりおん。

おりおん。

出演

おりおん。

劇団ドラハ

静岡県出身。 大学時代は落語研究会に所属、卒業後も社会人落語・講談の高座で精力的に活動。 2021年に小劇場初舞台。2024年「劇団ドラハ」旗揚げ。 演劇以前は、中学マーチングバンド部指導、吹奏楽団創立、所属したドラムコーで日本一及び東京ディズニーの台湾公演に帯同、銭湯で地域寄席の企画運営、等。 近年は日本酒×お笑いイベント『試し酒』を主催。 出演歴: ダダ・センプチータ 『ダダプチの恋フェス2021』より「ザ・ワールド・イズ・チョコレーツ(short ver.)」 ゴキブリコンビナート 『肛門からエクトプラズム』『貧民窟サバイバル』『こえだめアンダンテ』  名前のない役者達緑 『No12』 宇宙論☆講座 『怪奇ミュージカル短編集「発狂!鏡球地獄」ほか6編』 劇団ドラハ『新宿万丁目物語』『阿佐ヶ谷に死す』 ドアとドアノブとドアノブカヴァー 『バックギャモンで真の友情は生まれない』 悦楽歌謡シアター×劇団ドラハ『サヨナラときわ座公演』より「高田馬場に春くれば」 悦楽歌謡シアター 『蘭獄姉妹の異様な妄想』 劇団はみだしぼっち 『シェフ上泉夏野菜スペシャル〜思い知れ、飲食業の苦しみを〜』『魔法少女マジョリティ』 ニュー古典 『イケメン心中』 都市雄POPFES25AW 『メトメガアウ』 劇舎カナリア 『寺山修司ラジオドラマ選集5〈中村一郎〉〈ちいさな詩のコンサアト〉』 guizillen 『センチメンタル・ジャーニーズ』

MY OGIKUBO

わたしと、荻窪

荻窪に初めて降り立ったのは、多分大学生の時だったと思う。 確か目的地は杉並公会堂で、なんらかの演奏会を聴きに行ったような気がする。 高校の頃通っていた塾の先生に「文章で『思う・思った』は使うな!」と口酸っぱく教わってきたが、今回は評論ではなくただの思い出話なので大目に見てほしい。 思い出せないのだ。 シンプルに、「多分そうだと思う」としか言いようがないほど薄い記憶なのだ。 因みにだが、僕の舞台表現の原点は「音楽」だ。 中学でマーチングバンドに出会い、高校ではそこそこの吹奏楽強豪校で文字通り365日楽器を吹いた。師匠について個人レッスンを受け、音大を目指した時期もある。 大学進学を機に上京すると、演奏会というものが身近になった。田舎にいた頃は往復の電車のルートと時間を前日までに全部調べる一大遠征だったものが、東京にいるとフラッとその日の思い付きで様々な音楽に触れられる。オーケストラや吹奏楽だけでなく、アンサンブルにソロリサイタル、プロアマも問わず多くの演奏会に足を運んだ。そのひとつひとつを、どこで何を観て聴いたのかを、しっかりと覚えている・・・覚えている、つもりだった。 しかし杉並公会堂。「来た」ということ以外まるで思い出せない。 高校大学と同じ吹奏楽部で仲間だったサカイノ君がいた気はする。 駅前を歩いた景色は思い出せるが、肝心のホールの様子すら思い浮かばない。 あまりにも何も思い出せなくて、本当は来たことないんじゃないか、『杉並公会堂の演奏会に行こうとしたけど行かなくて、でも記憶が古く曖昧になったことで“行った”と勘違いしている』可能性すらあるんじゃないかと自分を疑い始めている。 あんなに大切にしていた「音楽」にまつわる記憶すら、10年という月日の中で綻び、解け、消えていく。 今回のドラハ本公演。出演だけでなく、主宰・制作としての仕事が沢山ある。24時間何してても頭の片隅にドラハがちらつき続ける毎日だ。 きっと小屋入り後の1週間は一瞬で、しかして濃密なかけがえのないものになるんだろう。10年どころか向こう20年30年、忘れようのない土地に「荻窪」はきっとなる。それは勿論、自分が当事者だからだ。 『逆光より』という作品が、観てくれたあなたにとって大切な想い出となるか、それとも苦い観劇の記憶となるか、こればっかりはわからない。殆どの人にとって10年後には「荻窪…なんか小劇場に行った覚えがあるけど、何見たのか全然思い出せないな…」という記憶の霧の粒子となってしまう、そんな儚い90分なのかもしれない。 願わくばこの作品が、その90分が、我々ドラハに出逢うことを選んでくれたあなたにとって、「今日、荻窪に来てよかった」と、その日、思ってもらえる作品に。 劇場を後にしたその足が家路につき、布団で横になるまでの数時間を、ほんの少し彩り、照らすような。そんな出逢いと別れでありますよう。 余談 劇場の下見に行ったら、小屋の目の前に「ラーメン二郎」があった。 二郎系ラーメンは好きだが「二郎」にはまだ行ったことがない。 小屋入り中に「二郎」デビューできたらいいなぁ、と密かに目論んでいる。 にんにくは控えめで。

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